プロの現場が選ぶ「音のモノサシ」の現在地
こんにちは、そして音の探求者であるあなたを歓迎します。
このページにたどり着いたあなたは、現代の音楽制作、特にミックスやマスタリングの現場で、ヘッドホン選びがかつてないほど重要になっていることをご存知でしょう。長らく絶対的な基準であったMDR-CD900STの時代を経て、SONYは新たな「基準機」を二つ提示しました。それが、密閉型の進化形であるMDR-M1STと、空間音響時代に対応する開放型のMDR-MV1です。
これは、単なる「新しいヘッドホン」の選択肢ではありません。MDR-M1STは、レコーディングやモバイル制作におけるステレオミックスの精度を極限まで高め、MDR-MV1は、Dolby Atmosや360 Reality Audioといった立体音響(空間音響)の正確な表現を可能にします。この2機種は、現代のクリエイターが直面する「音の未来」への分岐点そのものを示しています。
本記事は、お客様の厳格な要求に基づき、この二大標準機の設計思想、音質の傾向、そしてプロの現場での具体的な使い分けを、徹底的に掘り下げます。この包括的なレビューを通じて、あなたの制作環境において「正しい基準機」がどちらなのか、その答えを見つけるためのすべての情報を提供できることを願っています。
さあ、SONYが提示するモニターヘッドホンの二極構造と、その真価を解き明かしていきましょう。
SONYモニターヘッドホンの歴史的変遷と二大標準の誕生
SONYは、MDR-CD900ST(1989年)によって日本のスタジオヘッドホンの基準を確立しました。この「赤帯の伝説」は、欠点を容赦なく晒すストイックさで愛されましたが、ハイレゾ音源や長時間作業、そして特に「空間表現」という現代の要求には限界がありました。
- MDR-M1ST (2019年): CD900STのコンセプト(密閉型、プロユース)を継承しつつ、ハイレゾ対応(80kHz)と長時間作業に耐える快適性を実現した**「ステレオ制作の現代標準」**。
- MDR-MV1 (2023年): 空間音響制作、特にイマーシブオーディオの正確なバイノーラルモニタリングに特化するために開発された**「空間音響の基準」**。
これらは互いに優劣をつけるものではなく、現代の制作ニーズに応じて補完し合う、まさに「二大標準機」なのです。
【構造と設計】MDR-M1ST vs MDR-MV1:哲学の対立
M1STとMV1は、技術的なコア(HDドライバーユニット)を共有しながらも、密閉型と開放型という真逆の設計哲学に基づいています。この構造の違いが、それぞれの音の役割を決定づけています。



密閉型M1ST:遮音性と低インピーダンスの設計思想
MDR-M1STの密閉構造は、外部ノイズの遮断と、マイクへの音漏れ(カブリ)防止という、レコーディング現場で最も重要な役割を担います。
- 遮音性: ライブレコーディングやボーカルブース内で、ミュージシャンがモニター音に集中できるように設計されています。
- 低インピーダンス(24Ω): モバイル機器やオーディオインターフェースのヘッドホンアウト直挿しなど、多様な制作環境で十分な音量を確保し、安定した駆動を実現するための実用性を重視しています。
- 長時間快適性: 新開発のイヤーパッドと軽量設計(約215g)により、従来の密閉型モニターヘッドホンの「側圧による疲労」を大幅に軽減し、徹夜のミックス作業にも耐えうるタフネスを持っています。
開放型MV1:空間表現と残響の自然な再現
MDR-MV1の開放構造は、密閉型が構造上避けられない「音場が頭の中で閉じる現象」を解消し、**「頭の外側に広がる音」**を追求するためのものです。
- 音響抵抗の最適化: ハウジングの背面と側面に多数の音響抵抗を設け、ドライバーユニットから出た音波がハウジング内で複雑に反射するのを防ぎます。これにより、スピーカーで聴いているかのような自然な音場の広がりを実現しています。
- 残響の正確な減衰: 開放型であるためリバーブやディレイなどの残響成分が自然に減衰する様子を正確にモニターできます。これは、特に空間音響ミックスにおいて、音の距離感(Depth)や広がり(Width)を判断するために不可欠な要素です。
- 低インピーダンス(24Ω)の継承: M1STと同様に24Ωであるため、開放型でありながら、一般的なスタジオ機材で容易にドライブできる利便性も持ち合わせています。
MDR-M1STとMDR-MV1の主要スペック比較
両機種は多くの技術的特性を共有していますが、型式の違いが、その用途と音の傾向を明確に分けています。
| 仕様項目 | MDR-M1ST (密閉型) | MDR-MV1 (開放型) | 主な違いのポイント |
| 型式 | 密閉ダイナミック型 | 開放ダイナミック型 | 遮音性 vs 音場感 |
| 再生周波数帯域 | 5Hz - 80,000Hz | 5Hz - 80,000Hz | どちらもハイレゾ対応の広帯域 |
| インピーダンス | 24Ω | 24Ω | 駆動のしやすさは同等 |
| 質量(ケーブル除く) | 約215g | 約223g | 軽量で長時間使用に適した設計 |
| 音の広がり | 広大な密閉型、奥行き感あり | スピーカーに酷似、極めて自然な音場 | |
| 得意な用途 | レコーディング、ステレオミックス | 空間音響制作、最終マスタリングチェック |
【音質分析】M1ST vs MV1:音の「正確さ」の定義
両機種ともに「正確なモニター」を目指していますが、その「正確さ」の定義が異なります。M1STは**「音の粒子一つ一つを明瞭に捉える正確さ」、MV1は「音源全体の空間的な整合性を捉える正確さ」**に優れています。
低域の質感:タイトな密度 vs 自然な広がり
| 項目 | MDR-M1STの低域 | MDR-MV1の低域 | 制作上の意味 |
| 量感と密度 | タイトで密度が高い。密閉構造により音圧を感じやすい。 | 自然で控えめ。密閉感がないため、低域の定位が把握しやすい。 | 低域のEQ/コンプの追い込みはM1ST、サブベースの定位確認はMV1。 |
| 超低域 (5Hz帯) | 質感と振動をしっかり再現。 | 質感は再現しつつも、過度な膨らみがないため、低域のルーム感をチェックしやすい。 | |
| トランジェント | シャープで速いアタック。 | 自然な減衰。アタック後の響きを正確に捉える。 |
M1STは低域が「前に出る」ため、キックやベースのレベルが適切か、ミックス内で存在感を失っていないかを判断するのに優れます。一方、MV1の低域は過度な強調がなく「自然な背景」に溶け込むため、空間音響制作において、低域がリスナーの頭を貫通するような不自然な定位をしていないかをチェックするのに最適です。
中高域と空間表現:解像度と残響の再現力
M1STとMV1のドライバーは共通のハイレゾ対応ですが、中高域、特に倍音と残響の扱いに違いが出ます。
- M1STの中高域: 極めて明瞭で、ボーカルやスネアのアタックが立体的です。リバーブの**初期反射(Early Reflection)**のような微細な情報を精密に分析する能力に長けています。
- MV1の中高域: M1STのような「ピンポイント」な鋭さよりも、音全体が滑らかで、広大な音場に配置されている感覚があります。特に残響の「尾」が自然に消えていく様子を正確に描き出すため、リバーブのディケイタイム(減衰時間)や、ルームシミュレーションの精度チェックに圧倒的な威力を発揮します。
- 空間音響(立体定位): MV1は、音像の**「奥行き(前後)」や「高さ(上下)」**の移動を極めて正確に再現します。これは、開放型の設計により、耳の周囲の空気の流れや音響的な挙動を、スピーカーリスニングに近付けることに成功した結果です。空間音響制作では、MV1が不可欠なリファレンスとなります。
【実践活用術】M1STとMV1の最適な使い分け戦略
プロのクリエイターは、音源の制作フェーズに応じてヘッドホンを切り替えます。M1STとMV1の真価は、この「2台体制」を構築することで最大限に発揮されます。
フェーズ1:レコーディング・トラッキング(MDR-M1STの独壇場)
レコーディングブースでのモニタリングは、MDR-M1STの密閉性と遮音性が不可欠です。
- カブリ対策: 密閉型であるM1STは、大音量でモニターしてもマイクへの音漏れ(カブリ)を最小限に抑えます。
- ノイズチェック: 外部ノイズを遮断し、演奏者やボーカリストが自身のパフォーマンスに集中できる環境を提供します。
- 演奏時の低域サポート: タイトで芯のある低域は、ドラマーやベーシストが正確なグルーヴを刻むための強力なフィードバックとなります。
フェーズ2:ステレオミックス・編集(M1STが主軸、MV1が確認)
ステレオミックスの大部分は、M1STの高い解像度と低インピーダンスの汎用性によって行われます。
- M1STの役割: EQ、コンプレッション、ゲート処理などの音色調整や、個別のトラックのパンニング(左右定位)の追い込み。そのクリアな中域は、ボーカルのレベル調整に最適です。
- MV1の役割(確認用): ミックスの途中段階でMV1に切り替え、音場の広がりや奥行きに不自然さがないか、スピーカー環境での再現性をシミュレートするために使います。
フェーズ3:空間音響制作(Dolby Atmos, 360RA)と最終マスタリング(MDR-MV1が主軸)
現代の制作の最終段階、特に立体音響コンテンツの制作では、MDR-MV1の出番となります。
- MV1の役割:
- 立体定位の調整: オブジェクトを上下左右に動かした際の距離感や移動の滑らかさを正確にチェック。
- 空間の整合性: 複数の音源(オブジェクト)を配置した際に、空間全体として破綻していないかを確認。
- クロストークの少なさ: 開放型特有の自然さにより、音像が頭の中に張り付く感覚が少なく、リスニング環境に近いバイノーラルチェックが可能です。
- M1STの役割(最終確認): 最終マスタリング後、M1STの密閉型で聴き直し、低域の過度な増強や、密閉された環境で聴いた際に特定の帯域が刺さらないかをシビアにチェックします。
ユーザー別・最適な「基準機」診断チャート
あなたの主な制作環境や用途に合わせて、M1STとMV1のどちらを「メインの基準機」として選ぶべきか診断します。
| あなたの主な用途 | MDR-M1STが最適 | MDR-MV1が最適 |
| レコーディング/ボーカル | ◎(必須):完璧な遮音性が求められるため。 | △:音漏れがマイクに入るリスクがあるため。 |
| EDM/HipHop制作 | ◎(主軸):タイトな低域でキックとベースの密度を追い込む。 | 〇(確認用):音場チェックに利用。 |
| 映画/ゲームのサウンド制作 | 〇:フォーリーサウンドなどの精密な編集。 | ◎(主軸):立体音場と残響の自然さが不可欠。 |
| クラシック/オーケストラ | 〇:楽器の分離と解像度を分析。 | ◎(主軸):広大な音場と自然な響きが原音忠実性を高める。 |
| モバイル環境でのミックス | ◎(最適):低インピーダンスと密閉性で環境を選ばない。 | 〇:静かなカフェなど限定的な環境での使用に留まる。 |
| 長時間のリスニング | 〇:密閉型としては快適。 | ◎(非常に快適):開放型特有の圧迫感の少なさ。 |
長時間作業を支える「快適性」の秘密:共通の進化ポイント
MDR-M1STもMDR-MV1も、プロの酷使に耐えるための共通した人間工学的な進化を遂げています。
側圧と軽量設計
両機種ともに、側圧は長時間使用を考慮して最適化されています。従来のモニター機のような「締め付け」ではなく、「優しくフィットする」感覚に近いです。
- 軽量性: M1ST(215g)とMV1(223g)は、このサイズのアラウンドイヤー型としては非常に軽量です。頭部や首への負担が少なく、8時間以上の集中作業でも疲労を最小限に抑えます。
イヤーパッドの素材と通気性
特にM1STとMV1のイヤーパッドは、装着感と音質を両立させるためのキーテクノロジーです。
- 低反発ウレタンとベロア調素材: どちらの機種も、肌触りが良く通気性の高い素材を採用。特にMV1は開放型のため、熱がこもりにくい構造です。
- 耳を覆う形状: ハウジングが大型化し、耳たぶがイヤーカップ内に完全に収まるため、耳への物理的な圧迫がありません。
メンテナンス性:着脱式ケーブルのメリット
両機種はケーブルが着脱式(3.5mmプラグ)であり、プロ現場のメンテナンス性を劇的に向上させています。
- 断線リスクの低減: ケーブルが損傷しても簡単に交換可能。
- カスタマイズ: リケーブルによる音質の微調整や、用途に応じた長さのケーブルへの交換が容易です。
MDR-M1STとMDR-MV1を最大限に活かす周辺機器ガイド
M1STもMV1も駆動しやすい設計ですが、その高い解像度と広帯域を活かすためには、周辺機器にもこだわりたいところです。
ヘッドホンアンプ(HPA)の役割
両機種は24Ωと低インピーダンスですが、高解像度(80kHz)のポテンシャルを最大限に引き出すためには、クリアでノイズの少ない高品位なHPAが理想的です。
- オーディオインターフェース直結: RMEやApogeeなどのプロ用インターフェースのHPAは、M1ST/MV1を十分に駆動するパワーと低ノイズ性能を備えています。
- ポータブルDAC/Amp: 外出先でのチェックには、FiiO K7やChord Mojo 2などのハイレゾ対応でクリアな音質を持つポータブルアンプが最適です。
リケーブルによる音質のチューニング
リケーブルは、M1ST/MV1のサウンドに最後の磨きをかけることができます。
| ケーブル素材 | 音質の傾向 | 推奨用途 |
| 高純度OFC銅線 | 中低域に厚みと温かみを加える。力強いサウンド。 | ポップス、EDM、ロックの低域密度向上。 |
| 銀メッキOFC銅線 | 高域の透明感と解像度を向上させる。シャープなサウンド。 | マスタリング時のハイエンドチェック、空間表現の細部確認(MV1に有効)。 |
特にMDR-MV1は、開放型ゆえにケーブルによる空間表現の変化が顕著に現れるため、銀メッキ線などで高域を補強し、より明確な定位感を追求するクリエイターも多くいます。
競合製品とのガチンコ比較(M1ST/MV1の優位性)
最後に、MDR-M1STとMDR-MV1が、長年のライバルたちと比較してどのような強みを持っているかを確認します。
| モデル名 | SONY MDR-M1ST | SONY MDR-MV1 | Sennheiser HD 650 | beyerdynamic DT 1990 PRO |
| 型式 | 密閉型 | 開放型 | 開放型 | 開放型 |
| 主な優位点 | 低インピーダンス、密閉性、折りたたみ機構 | 空間音響対応、スピーカーシミュレーション | 聴き疲れしない自然な中域 | 非常に高い解像度、タフネス |
| インピーダンス | 24Ω (駆動しやすい) | 24Ω (駆動しやすい) | 300Ω (HPA必須) | 250Ω (HPA必須) |
| 周波数 | 5Hz - 80kHz | 5Hz - 80kHz | 10Hz - 41kHz | 5Hz - 40kHz |
| 選ぶべき理由 | どこでも M1ST の正確な音が欲しい時。 | イマーシブオーディオの制作を行う時。 | 静かな環境でリスニングを楽しみたい時。 | 強力なアンプ環境で精密な荒探しをしたい時。 |
M1STとMV1の最大の優位性は、どちらも24Ωという低インピーダンスでありながら、競合のハイエンド機に匹敵するか、それ以上の広帯域と音場表現を実現している点です。これは、プロの道具としての「実用性」と「最高性能」を高次元で両立させた、SONYの設計思想の勝利と言えるでしょう。
まとめ:あなたのスタジオに「正解」をもたらすのはどちらか
長きにわたるMDR-M1STとMDR-MV1の比較分析にお付き合いいただき、ありがとうございました。
この2機種は、現代の音楽制作における「ステレオ」と「空間音響」という二つの柱を支えるために、意図的に異なる設計がされています。
| 最終結論 | あなたがすべき選択 |
| MDR-M1STを選ぶべき人 | レコーディングを頻繁に行う、またはモバイル環境での作業が多く、密閉型としての遮音性とタイトな低域によるレベル調整の精度を最優先するクリエイター。 |
| MDR-MV1を選ぶべき人 | Dolby Atmosや360RAなどの空間音響制作を主に行う、またはミックスの最終段階でスピーカーに近い音場と自然な奥行きを確認したいマスタリングエンジニア。 |
理想的には、この2機種を揃えることで、あなたは現代の制作現場におけるほぼすべての音響フォーマット、すべてのフェーズに対応できる「最強のモニター体制」を構築できます。
MDR-M1STとMDR-MV1は、あなたの制作環境に「正しい音」という揺るぎない基準をもたらし、次なるクリエイティブを成功に導くための最高の相棒となるでしょう。




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